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アポロニア21 編集長コラム


 12月

 「安田編集室」では、毎年12月号を「今年を振り返る」という企画にしています。今年も同様ですが、3月11日に起きた東日本震災によって多くの「語るべきこと」が失われてしまった感があります。どうしても、その影響を避けて通れないからです。
 私自身も被災地取材に行き、人々の日常生活がいとも簡単に破壊されてしまった現場を追体験しました。海岸沿いの集落跡を歩いていて、明らかに哺乳動物のものと思われる強い死臭に恐怖を覚えたこともあります。
 私は意外にのんきな方で、震災当日は、仕事にならないからと皆を置いて、「途中のコンビニで酒でも買って……」などと歩いて帰宅しようとして止められました。その後、津波の映像を会議室のテレビで見て、身体が硬直したものです。
 翌週には、取材のためにドイツに行くことになっており、「こんな時に、逃げたと思われるのもイヤだな」と感じたのを覚えています。  しかし、どうも「逃げた」というのは結果的には間違いのようです。福島第一原子力発電所の爆発後、飛散した放射性物質は北極方面に向かい、トランジットで滞在していたヘルシンキにも相当の影響が出ていたということだからです。その日、空港の外に出てワインを立ち飲み。外は雪でしたので、雪に放射性物質が入っていたら汚染されているはずです。
 海外メディアは日本国内の世論が不安になることを心配する必要がないので、国内にいるよりも、かなり詳細な(つまりは怖い)映像を流していました。帰国時には、ちょうど東京の上水道から放射性物質が検出されて深刻な水不安が広がっており、航空会社は成田のタラップの出口でペットボトルの水を配っていました。
 公私を問わず、しばらくは人と会ったときのあいさつは「3月11日はどうしてた?」というものでした。いずれにせよ、多くの人の価値観や生活常識を根底から変えてしまうほどの出来事であったことに異論はないと思います。被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。
 今回の特集の中で、待合室のデザインを集めてみました。ご協力いただきました企業や歯科医院のみなさまに感謝致します。(水谷)

(2011年12月号掲載)

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 11月

 先日、執筆者の先生と打ち合わせのため、都内のホテルに向かっていました。
 その時、急に筋力低下、呼吸困難の症状が出て、ホテルのフロント前でダウン。ホテルマンがすぐに気付き、救急車を呼んでくれました。
 ところがなかなか救急車が来ず、薄れゆく意識の中で「まだ来ないのかな……」と思っていたところ、ちょっとこわもての男性(ホテルの宿泊者)が私に気付き、「大丈夫ですか」と声をかけながら、私の腕に触れてきます。実は脈を取ってくださっていたのです。この方は、ある病院の院長でした。
 救急車がようやく到着しても、救命救急士に与えられた権限には限界があり、搬送先の病院から指示がなければ静脈確保も酸素吸入もできないようでした。すると、その先生が「オレは○○病院の医者だ。オレが対応する」と宣言してその場の主導権を握り、適切な指示。「大丈夫だから」と声をかけてくださいました。
 近隣の大病院に搬送された後、アポイントキャンセルの連絡を受けた執筆者の先生から励ましのお電話。先生が妻や会社にも連絡してくださったようです。本当にありがとうございました。
 翌日は、ホテルのマネージャーから「大丈夫ですか」とのお電話。応急対応してくださった先生も、その後の容態を心配し、ホテルマンの方に「何時になってもいいから連絡するように」とおっしゃっていたそうです。
 執筆者の先生を含め、多くの方のご親切によって助けられました。心より感謝申し上げます。
 ちなみに、搬送先の医師の診断や対応は実に心もとなく、静脈確保を改めて行おうとして何度も注射され、出血騒ぎも発生しました。初期対応をしてくださった医師の存在はつくづくありがたいものに思えました。
 後日、主治医に診てもらったところ、前夜の深酒とストレスが原因であろうとのこと。実はこの直前に、今回の特集で紹介した自律神経測定システムの取材があり、測定で異常値が出ていました。
 主治医からは、酒量をできるだけ抑えることと、あまりストレスをためない生活を送ることを指示されました。これが非常に難しい……。(水谷)

(2011年11月号掲載)

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 10月

 このたび、地元のエリア紙を短期的にボランティアで手伝うことになりました。私なりの視点で地域の問題点を考える良い機会と考え、地元が抱えるいくつかの問題点について、区議会議員の方々にお話を聞いて回り、各政党の特徴を知ることができました。  まず、保守系の政党の議員は、「表沙汰になっていないルートで○○と交渉しているところだ」と繰り返しささやいてきました。政策意思決定のプロセスが今以上に不透明だった自民党時代を思わせる雰囲気です。
 次に、革新系の政党の議員に聞くと、「私の一存では答えられない」との回答。ひょっとすると、党本部に伺いを立てていたのかもしれません。  人口30万人程度の狭いエリアにも、国政のミニチュアのような政治風土が確立しているのです。また、国政レベルでの与野党とは全く無関係に、区議会での議席数で各政党の「序列」が決まることも初めて知りました。
 例えばどのようなパーティーでも、公明、自民、共産といった順に議員の座る席次が定まります。そして、党派に関係なく非常に仲が良さそうなのです。  ベテラン議員に聞いたところ、「区議会レベルだと、有権者は党派で候補を選ばない。地元の議員を町内会単位で組織応援する傾向がある」とのこと。確かに、町内会役員を務めているためか、「町内会主催の行事に顔を頻繁に出す人に一票を入れたい。政策などは二の次!」という深層心理が働いている自分に気付きました。
 ちなみに、私の地元で最大の問題になっているのが、社会保険庁解体後に深刻な経営難に陥った地域の社会保険病院の存廃議論です。自宅のお向かいさんがこの病院の医師でもあり、大変に身近な問題なのですが、廃止せざるを得ないと考えている側の立場も理解できるところです。どのように議論が進捗するか、しばらく見守っていきたいと思います。  今月号は「排毒」「解釈モデル」「歯科口腔外科救急」など、あまり歯科商業雑誌では扱われない内容に踏み込みました。ほとんど予備知識のない分野でのインタビューでしたので、至らなかったところもあろうかと思いますが、一つの方向性としてお読みいただければ幸いです。(水谷)

(2011年10月号掲載)

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 9月

 東京都中央区の歯科医院で発生したインプラント手術中の患者死亡事故。術者とされる院長が業務上過失致死で書類送検されるに至り、一般メディアがインプラントのリスクについて取り上げるようになりました。
 そのような中、あるラジオの深夜番組で2人の歯科医師をゲストに迎えたトーク番組が放送されました。私は風呂に入りながら何げなく聴いていたのですが、少し気になったことがあります。「やはり、経験値というか施術数が多い歯科医師を選択すべきですね」(歯科医師)→「でも、今回、事故を起こした歯科医師は施術本数が日本一だということですが」(アナウンサー)、「安価なインプラントはリスクが高いといえるでしょう」(歯科医師)→「しかし、先ほど、『インプラントの欠点は価格が高いことだ』とおっしゃいましたね」(アナウンサー)などと、何か話がかみ合っていない感じを受けました。
 また、何を臨床評価のゴールにしたものかを示さずに、「インプラントの成功率は上顎で95%、下顎で99%」と断言していたのについては、世間に対して重大なミスリードをする危険があるのではないかと思いました。インプラントを推進する歯科医師などによってしばしば引用されるこの種の数字は、フィクスチャーの初期固定を「成功」と見なすものであり、これは臨床成績と基本的に何ら関係のない「大工仕事の完成」にすぎないのではないでしょうか。
 先日、国際的に流行中の「光学殺菌システム」がインプラント周囲炎に有効だと喧伝していたカナダの歯科医師から、「北米では、インプラント埋入本数に対するインプラント周囲炎の有病率が3割を超えている」という報告を見せられましたが、これが事実とすれば、インプラントの長期予後成績はかなり低くなると見られます。
 まして、今回の事故のように、下顎動脈を見落とすという重い過失が起こるようであれば、「成功率が9割を超える」などと安易にはいえないはずです。歯科界が、このような無責任極まりないアナウンスを繰り返していくのであれば、社会からの信頼は到底回復できないように思います。読者の皆様は今回の事故の報道について、どのように感じられたでしょうか。(水谷)

(2011年9月号掲載)

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 8月

 鎌倉に質の良さで定評のある竹炭の店があります。そこで竹炭繊維を用いた高密度のマスクを購入しました。「電磁波よけにいい」「ぜんそくが治った」などの“効果”について噂が飛び交っている知る人ぞ知る逸品です。さらには未確認ながら、東日本大震災後に「放射能も軽減する」という“特殊効果”もささやかれるようになりました。
 そこで、震災以降の懸案であった福島県の原発事故被災地域への取材が決まった際、真っ先にかばんに入れたのが、この「竹炭マスク」だったのです。しかし、現地に到着した際には、マスクの出番は全くありませんでした。住民は誰もマスクを着けていなかったからです。
 地元の人が無防備なのに、私たちだけが防御しているようでは、住民感情を刺激してしまいます。事実、東京人から見ればそれなりにちゃんと仕事をしているように思える枝野幸男官房長官が、福島県人からはかなり評価が低い理由は、「福島を最初に訪問したとき、住民が普段着でいるのに放射線防護服を着て、ゴム手袋で地元首長と握手した」からだそうです。放射線の害は目に見えませんから、できるだけ浴びないようにする必要があるのは、理屈としては通りますが、実生活ではなかなか難しいようです。
 取材を通して、福島県の経済状況がかなり厳しいことが伺えましたが、住民の皆さんの顔が思ったよりも明るいのに救われました。いわゆる30km圏内で開業している先生は、「どこからも物資が入ってこなくなったとき、静岡の友人が、自分も被ばくする可能性があるのに車を運転して支援物資を届けてくれた。この恩は忘れない」と話していました。 奥羽大学に取材した際、歯科放射線科の専門医でもある附属病院長からは、「『放射線歯学』の可能性を探っている。乳歯を試料とする放射線蓄積量測定法の開発が急がれるため、市民に子どもの乳歯を捨てないで保存するよう呼びかけている」と聞きました。
 震災の影響は、広域化、長期化の様相を呈しています。不安の中でどのように明るい可能性を探るか。一人一人の想像力、柔軟性、そして感謝の心が問われているのだと実感しています。(水谷)

(2011年8月号掲載)

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 7月

 学生時代、先輩から「大人は『政治』『宗教』『プロ野球』を話題にするべきではない」と言われました。それぞれに立場、信仰、ファン心理があるので、議論の俎上に載せても発展性がなく、無意味だというのです。
 私は先輩の教えを忠実に守り、とりわけ政治の話題を避けてきました。本誌でも、歯科医師連盟関連の記事は一部の連載を除き原則的に掲載していません。
 しかし、最近、政治が公然と語られるようになったと感じています。これは、皆が政治に関心を持ち始めたというのではなく、むしろ政治不信が高じているからではないかと思われます。
 プロ野球でも、飲み屋で話題に上るのはたいてい負けたチームの監督やピッチャーですから、不信感こそ議論の母といえるでしょう。
 私は、特定の政党を支持も忌避もしませんが、その理由は、議会制民主主義の持つ、ある種のいかがわしさのようなものを嫌ってきたからです。まして、最近取り沙汰されている、総選挙を経ない「大連立」の類は、政治プロセスからすれば辛うじて許容範囲であるものの、結果的には民主主義という理念への自己否定ではないかと考えています。
 日本の議会制民主主義の歴史は長いものではなく、大正デモクラシーのころにイギリスから、戦後はアメリカから「直輸入」されました。いずれも、日本の基層文化に根付いたものではありません。
 特にアメリカの影響は大きいと思われますが、お手本のアメリカの議会制民主主義とはどのようなものか。多少偏ったキリスト教的価値基準に基づき、外交責任者を中世並みに「国務長官」と呼称するなど、いささか復古調の体制を持った「特殊な国の特殊な制度」だと思われます。見合う土壌のないところに、外国固有種の種をまいたような感じでしょうか。
 政治の話は、野球やサッカー同様に「こうすればうまくいく」とはいえないものです。しかし、現在の情勢を考えれば、誰もが何がしかの意見を持つ必要があるのではないかと感じています。 今回の「サカモッティのサムシング」は、校了後、著者の坂本光徳先生の申し出により、急きょ時事ネタに差し替えました。お楽しみいただければ幸いです。(水谷)

(2011年7月号掲載)

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 6月

 今回のケルン・IDS(国際デンタルショー)の取材では、宿泊費と飲食代を節約する目的で、隣町のデュッセルドルフに宿泊しました。観光地でもあり国際的な展示会場(ケルンメッセ)を擁するケルン市内は、何かのイベントが開催されているときは、ホテル代が特に「ボッタクリ」の価格帯になるからです(デュッセルドルフの同じレベルのホテルの約4倍となる)。また、地ビールもケルンのものよりデュッセルドルフのものの方が好みです。
 ただし、IDS会場までは快速電車で30分ほど移動しなければなりません。行きはそうでもないのですが、帰りの時間帯が帰宅ラッシュに重なるのでかなり混雑します。そこで、とんでもない女子学生を見ました。
 向かい合わせのクロスシートの反対側に足を乗せ、隣の席に荷物を置いて、そこにひじをかけて何か書き込みをしています。揺られながら立っている人も多いのに、かなりの根性の持ち主です。「“真のドイツ人”を見た」と感じ入りながら、事の推移を見守っていました。
 すると、隣のコンパートメントの夫婦が見とがめたようで、60代くらいの女性が、女子学生に向かって「学校はどこ? 名前を教えなさい」と怒鳴り始めました。何か反論らしき言葉をつぶやいていた女子学生。しかし、ついには仕方なしに足を下ろし、荷物を膝の上に抱えて、他の人も座ることができました。
 確かに、ドイツ人に限らず大陸ヨーロッパの人は意外にマナーが悪いといわれますが、驚いたのは、それをちゃんと注意する人がいて、若者もそれを受け入れるということです。日本だと、多くの場合、見て見ぬふりではないでしょうか。
 古くからの商業都市で20世紀は日本企業の現地法人が多く設立されたデュッセルドルフは、日本企業の撤退が相次いだ後、深刻な不景気にあえいでいますが、どこか昭和のような香りがするところがすてきです。悪くいえばすすけた感じなのですが……。人々も、同じように古き良き時代の風土を残しているのではないかと、変なところで感心した次第です。
 今回と次回は、日本を含めた国際的な観点からデンタル市場を俯瞰することにしました。お楽しみいただければ幸いです。(水谷)

(2011年6月号掲載)

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 5月

 今回の「安田編集室」に掲載する予定だった1枚の写真を、検討の末、載せないことにしました。それは、津波被災地で撮影された目覚まし時計の写真で、津波の第一波が町を襲ったであろう時刻で止まったままになっていました。「犠牲者が出た歯科医院の近くにあったものだ」との報告があり、被災された方、遺族の方の感情を考慮すると、掲載するに忍びないと考えたからです。
 時計は、中世ヨーロッパやイスラム社会の修道院で発達した水時計「ホロロギア」以来、日々の生活を滞りなく進めるために大きな役割を果たしてきましたが、今回のような大災害にあっては、止まることによって時間の記憶を固定する役割も持っているのかもしれません。今、国を挙げて復興を目指しています。止まった時間を少しずつでも前に進めなければなりません。
 本誌執筆陣は、東北・北関東の先生が多く、お話を伺っていると、原発への不安、余震のストレスなど、主に心理面でのダメージが感じられます。そのような中で執筆・校正に時間を割いていただき、またある先生からは、震災後に医院が取った対応についてレポートをお寄せいただきました。心より感謝申し上げます。
 ある近畿地方の広告主からは、「災害取材対応で大変でしょう。これでも食べて元気付けて!」と、関西限定のインスタント麺を社員分送っていただきました。本当にありがとうございます。
 執筆者の一人からは、校正のやりとりの中で「特集の内容を変更するのかと思った」とのご指摘も頂きました。実際、災害対応特集を組むことも考えましたが、今回の震災は、広域的な影響が出ている原発事故を除くと、激甚な被害を受けた所は限定的です。被災の状況や検案検視の実態などを取材・掲載すれば、ある種センセーショナルだったかもしれませんが、被災地とされる地域の大半の実情とかけ離れた内容となる可能性があるため、断念しました。また、できるだけ早く日常を取り戻すことが大切だとも考え、当初の企画をそのまま進行させていただきました。
 残された私たちにとって、震災によって止まった時計を、再び力強く動かすことが一つの使命と思っております。(水谷)

(2011年5月号掲載)

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 4月

 今月号特集の記事を執筆していた3月11日、会社内がゆらゆらと揺れ始めました。そのうち、縦揺れを伴う大きな地震が発生。揺れが落ち着いて会議室でニュースを見ていたところ、目を疑うような光景が飛び込んできました。一連の津波報道の中で最初に報じられた、仙台を襲った大津波の襲来です。その後次々に伝えられる被害の実態は、言葉に言い表せないものでした。
  週明けに歯科関連の被害実態を取材した中では、未確認ながら、歯科医院ごと津波に流された事例もあったそうです。予想を絶する甚大な被害が予想されますが、一人でも多くの方が無事であることをお祈り申し上げます。
 以前、陸前海岸を旅行した際、そびえ立つような防潮堤に畏怖の念すら覚えましたが、いかに大きくても、人間が築いた物は自然の猛威の前にはか弱いものだということを実感しました。
 現在、直接の被害に加え断水・停電などによって、診療はおろか日常生活にも支障を来している先生方が広い範囲にいらっしゃいます。特に津波などの被災地域では、不衛生な環境と栄養不良、睡眠不足によって思わぬ感染症の発生も危惧されます。
 阪神淡路大震災を経験した大学の先生に伺ったところ、「給水が十分でない場所では歯ブラシなど役に立たない。呼吸器系の疾患を防ぐためにも、最低限の口腔衛生を維持できる含嗽剤のようなものの方が役に立つ」とのことでした。
 甚大な災害に当たって歯科医師の仕事は、口腔衛生維持、応急的診療、遺体の身元確認など多面にわたります。この編集後記を書いている3月14日夜には、関東のあまり被害が大きくなかった地域から、歯科医師の一団が遺体の身元確認のため被災地に向かいました。現地では多くの歯科医院からカルテが失われたものと思われ、難航が予想されますが、ご無事で活躍されることを期待しております。
 今回の「安田編集室」では、フッ化物応用について扱いました。これまでのフッ素論議で定番となっていないものを中心に、10の海外文献を基に今後の歯科保健の立ち位置について考えたものです。さまざまなご意見のある分野ですが、ご一読いただければ幸いです。(水谷)

(2011年4月号掲載)

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 3月

 月末・月初は本誌の編集作業がピークを迎えますが、ちょうどそのころ、香港A型のインフルエンザにかかって倒れてしまいました。
 タミフルを早めに服用したおかげか、熱は2日で引きましたが、二次感染を防ぐためにも、結局1週間お休みをいただきました。取材予定、座談会予定などを全てキャンセルしたため、多くの先生方にご迷惑をおかけしました。心よりおわび申し上げます。
 さて、家で寝ながら「この病気が『治った』と実感するのはどんなタイミングだろう」と考えました。室町時代の記録を読むと、当時の貴顕が経験した急性疾患の闘病記録では、「お湯初め」というのが病気平癒を内外に宣言する行事であったようです。これは、発病後初めて湯に入ることを指し、病気のケガレを落とす意味もあったようです。
 同時に、担当医への成功報酬的な診療費支払いも行われ、これを境にして、親類以外の人による見舞い、生物(塩鯛など)の贈答も始まります。つまり、完全な治癒を喜ぶのではなく、快方に向かっていることを確認し合うタイミングだったのです。
 逆に、症状が悪化して生命の危険が感じられた場合にはどうなるか。同時代の同じレベルの貴族の闘病記録を見ると、「安居院」などと呼ばれる仏堂にこもり、投薬治療の類は、その後ほとんど見られなくなり、加持祈祷が優先されるようになるのが一般的でした。部外者はもちろん、親類縁者も面会を遠慮するようになります。半分「仏様」になったと見なされていたのです。今の日本のように、治癒を期待できないのに積極的治療を続けるということはありませんでした。治るにせよ、不治の病で亡くなるにせよ、闘病には一定の終わりの儀式が伴っていたのです。
 なお、治療の予後が悪いと、多くの医師は地方に逐電してしまいました。うまく治癒のタイミングに居合わせれば莫大な成功報酬を得られる反面、逆の立場に置かれるとあらぬ疑いをかけられ、悪くすれば生命の危険もあったからです。中世日本の「医者稼業」は、ハイリスク・ハイリターンの職業だったようです。(水谷)

(2011年3月号掲載)

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 2月

 今回、高村くるみ先生の連載100回を記念して、女性歯科医師による本音トークの会を開催しました(114~121ページ参照)。
 議論が一区切りついた後、「亭主はどのような家事をしているか(いたか)」という話題になりました。
 ちなみに、決して自慢ではありませんが、私は結構家事をする方で、食器洗い、窓拭き、風呂掃除(本格的なものは妻の領域)、洗濯物干し(手伝い)を行います。料理も、朝食は「先に起きた方が作る」という暗黙の了解になっており、たまに私が作ることもあります。お米を研ぐのも私です。夕食は、土日くらいしか一緒に食べませんが、タイミングとやる気が合えば、私がうどんやパスタ程度を作ることもあります。汁物など何品目かについては、妻よりもはるかにうまいと自負しています。
 どうやら、バブル経済の時に何歳だったかによって男性の家事分担割合が違うらしく、40歳超(バブル時に大学生以上)の男性は、伝統的な性別役割分担意識を持っていて、女性にかしずかれるのを好み、同世代の女性もそれを受け入れる風土があるそうです。
 一方、それより若い世代では、男女平等が徹底して教育されたことと、不景気などで共働きを当然と見なす風土から、男性も家事を行うことにそれほど抵抗感を示さないそうです。
 私はバブル時に大学生でしたが、そういえば女性にかしずかれた経験もなく、逆に女性におごった記憶もほとんどありません。私の周囲では割り勘が普通だったからです。
 本音トークの会でそんな話をしていると、影響を受けた出席者の先生もいらっしゃったらしく、後日、ご亭主からメールで「妻が本音トークに出席した後、自分が洗い物をする羽目になった」という“泣き言”が寄せられました。大変申し訳ありませんでした。当分、我慢してください。そのうち慣れますから(笑)。
 本音トークの会には大変個性的な先生方が集まり、闊達にお話しいただいたので、6時間近い座談会が(お酒のせいもあるが)あっという間に感じました。出席していただいた皆様、本当にありがとうございました。(水谷)

(2011年2月号掲載)

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 1月

 明けましておめでとうございます。本年は兎年。ウサギには、小学生の頃の思い出があります。ウサギ飼育当番だったのです。
 私の出た小学校は、「人間教育」を標榜しており、一般的な授業の他に、生活能力の育成を重視していました。そのため、ウサギ飼育の規模も他の小学校に比べて大きかったと記憶しています。
 ウサギは大変な土木家で、夜の間にトンネルを掘って穴の中で生活しています。朝、登校して最初に確認するのが、どこにトンネルが増えているか、そこにすべてのウサギがいるかということでした。
 ウサギ飼育当番が最も忙しくなるのが放課後の時間。ウサギ小屋を掃除して、食事を調達して与えなければなりません。食事となるのは大根の葉っぱとパンの耳。これらは、近隣のスーパーから分けてもらいます。古くなった乳母車を押して商店街を走り回るのは大変な作業ですが、楽しいものでした。
 当時は高度経済成長がようやく一段落した頃であり、人々の生活は以前に比べて豊かになっていたのでしょう。スーパーで売られる大根などは保存性と収納性を高めるためか、葉っぱを落として販売されていましたし、パンの耳も捨てられていました。
 それから10年近く経って東京に出て一人暮らしを始めたある日、ひょんなことから「あの大根の葉を食べたらうまいだろうか?」と思い出しました。早速、スーパーに行って裏手に捨ててあった大根の葉を拾って来ました。捨ててあったものなので、よく洗ってご飯に入れて菜っ葉飯にしたら、これがたいそうおいしかったのです。今でも時々、大根の葉を使ったご飯を自分で作っては食べています。
 葉っぱはよく水洗いして塩もみ。そして、米に載せてお酒を大さじ2杯ほど足して一緒に炊きます。お好みで山椒をかけるとなかなかの味です。ただし、保温して2日目になると急速に風味が落ちますから、その後はおかゆにします。おかゆには八町味噌を添えると、また別のおいしさが楽しめます。ぜひお試しください。
 今回は歯科用金属材料の問題について、かなり踏み込んだ企画を特集しました。賛否両論あろうかと思いますが、ご意見いただければ幸いです。本年もよろしくお願いします。(水谷)

(2011年1月号掲載)

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